レプリソーム旅行記 Vol.15 UCLA

今回は、数多くのNBA選手を輩出し、エリート大学としても有名なUCLAのレポートをお伝えして行こうと思います。

今回は・・・
今回は、UCLAにやって来ました。UCLAといえば、レジー・ミラー選手やカリーム・アブドゥル・ジャバー選手、バロン・デイビス選手を輩出するほどのバスケット強豪校というだけでなく、Ivyリーグの8大学と並んで、超がつくほどのエリート大学としても有名です。
すでに敷地内ですが、ミシガン州立大学や日本の大学のように、明確な正門があるわけではなく、ご覧の通り、大学構内というより「街の中」と言った方がいいかも知れません。

UCLAとカリフォルニア大学
UCLAは、University of Clifornia Los Angelesの略ですが、ちなみにUniversity of California Barkleyというのが、カレッジバスケットボールでいうところの、カリフォルニア大(ジェイソン・キッド選手らを輩出)です。

駐車場1
すでに、買い付けでは何度も寄っているLAに所在していますが、これまでご縁がありませんでした。
と、言っているうちに、向こうに見えるクリーム色の建物が駐車場のようです。

駐車場2
車庫の非常用の電話です。
こんなところからも、UCLAへ来た実感をわかせてくれます。

風景1
今回は、大学内の徘徊・アリーナの見学(この日、アリーナは学生さんが使用中)はさておき、モーガンセンターというアスレチックチームの記念館に行ってみたいと思います。

100回
車庫から、モーガンセンターへ移動中。色々な物が目に入ってきます。
画像中の黄色いバナーには、First to 100 NCAA Championshipsとあります。
バスケットのみならず、各競技での優勝回数の合計が初めて100に到達した大学、という意味です。

風景2
また、先ほどのバナーの他にもアスレチックチームのスケジュールやお知らせが右のインフォメーションボックスに貼られています。

試合のお知らせ
12月8日に、ホンダセンターというところで、「Wooden Classic Den Trip」の第二試合に、UCLAが登場するとあります。
このWoodenというのは、UCLAの選手としても監督としても活躍した人物の名前です。

モーガンセンター
少しシックめな建物にUCLAのロゴマーク、こちらがモーガンセンター正面入り口です。
この建物は、Hall of Fameや栄誉ある選手・監督らを飾る目的で、1983年11月に初代の建物が作られました。
その間には改修が施され、当時の2倍の大きさとなり、現在に至っています。こちらの画像は、壁紙コーナーに掲載中です。
また、この中に収容しているUCLA大学のHall of Fameの賞は、建物より1年遅い1984年から、25名の創立メンバーとともに、その足跡を刻んでいます。

早速入ってみようと思います。

1F

入り口の風景1
モーガンセンターの正面入り口から入ると、こんな風景。
頭上には、各種目のバナーが飾られています。

入り口の風景2
辺りの風景はこんな感じです。
先ほどのバナーが画像左上に見えています。

入り口の風景3
画像右側に少しだけ写っている植物と、その手前にあるコーナーは、入り口のインフォメーション(入り口案内)です。
壁には、これまでにUCLAで行われた各種目の写真がパネルになって飾られており、その手前には各種のパンフレットや駐車場などの案内が納められています。

インフォメーション・スケジュール
この棚に置かれているのは、サッカー・ゴルフ・フットボールなどのシーズンスケジュールです。
なぜかバスケットボールがないのが、気になりますが・・・。

壁のロゴ
通路を通って歩いていくと、壁にロゴのペイントが。
白い壁に青いロゴがよく映えます。

壁のパネル
こちらの壁にも、各種目の写真がパネルになって飾られています。
それでは、もっと詳しく見るために、奥深く進んでみたいと思います。

ブルーインズ(Bruins)
こちらは、Hall of Fameコーナーより、更に奥にある通路です。
黄色いUCLAのバナーに熊らしきものが描かれています。
これこそUCLAアスレチックチーム名の由来である、Bruin(チーム名 UCLA Bruins:ブルーインズ)です。
厳密には、単なる熊ではなく、辞書によると
『中世西ヨーロッパの動物寓意詩レイナードフォックス(Reynard The Fox:キツネのレイナード)に登場する熊』
『一般に童話などに登場する、特に褐色のクマ君』
を意味するとあります。
熊は熊でも、ファンタスティックなイメージや夢がある、人に親しみを持った熊を指すようです。

なぜブルーインズに?
カリフォルニア州には、LA周辺でもクマが生息していますが、では、なぜベアーズではなくブルーインズになったのか、その歴史・経緯とマスコットの遍歴をご紹介します。

なぜブルーインズに?
 まだUCLAが、Southern Branch of the University of California という名前だった当時、大学だけでなくアスレチックチームもカブス(Cubs:幼獣。肉食獣の子供)という名前でした。
1919年にUCLAとなったばかりの同校にぴったりという声もあれば、不満の声もあり、1924年の春、より力強い名前のグリズリーズに変えようと声があがります。
ところが、UCLAがパシフィックコーストカンファレンスに加入するつもりでいたところ、すでに加入していたモンタナ大学グリズリーズと名前が重複してしまい、同大学から再考するように強く要請を受け、モンタナ大学は法的手段もいとわない構えでした。

大学で新しいチーム名を募集したところ、1926年10月までに100を超える物が集まり、パイレーツ、パンサーズ、バッカニアーズ、ゴリラズなどが挙がりましたが、約半分はシルバーチップ、コディアック、ベズドといった熊に関連する名前が占めており、学生達は未だグリズリーズという名前を諦めきれないようでした。
  • シルバーチップ(Silvertip:アメリカ西部の高地に生息する頑強で茶色がかった黄色のクマ)
  • コディアック(Kodiac:アラスカ半島及び沿岸の島々に生息するヒグマの最大亜種。別名 アラスカヒグマ)
  • ベズド(Bezudo:ナマケグマ)
チーム名をどうするのか、この騒ぎは当時の学生新聞、Daily Grizzly 紙面を1週間にぎわかせ、学生のみならず、学部長や学科長までも巻き込まれる有様でした。
学部長らが、法廷で使うような口調で慎重に話をしなくてはいけなかったことなどから、当時の騒ぎの大きさや緊迫が窺われます。

ことの暁は、意外なことから無事に幕切れとなります。
1926年当時、UCバークレー(カリフォルニア大学 ゴールデンベアーズ。ジェイソン・キッド選手らを輩出)が、ベーアズとブルーインズ(Bruins)の名前を2個保有し、時と場合に応じて使い分けていました。
そこで、同大学とUCLAが同じ教育プログラム下にある姉妹校であることから、UCバークレーの学生リーダーから、UCLAへブルーインズが提供されることとなり、UCLAでもこの提案について投票したところ、満場一致で採択され、現在のUCLA ブルーインズが誕生することとなります。

同年、10月22日。
Daily Grizzly からDaily Bruin に名前を変えた学生新聞の紙面にて、この変更が発表されました。
同時に、数日後に行なわれるフットボールの試合(対ポモナ大学)で使用するため、修正された応援のかけ声なども発表され、特に、このフットボールの試合で、27-0の快勝をしたこともあり、ブルーインの名前はUCLAに浸透していくこととなりました。

マスコットの遍歴
UCLA創世記のマスコットは、生きたクマ達でした。
このクマ達は、色々な名前で呼ばれましたが、最終的に定着したのはジョー(Joe)で、現在も雄グマのマスコットの名前に、この名前が使われています。
一方、現在の雌グマのマスコット、ジョセフィン(Josephine)については、1961年に卒業生からヒマラヤクマの小熊が寄贈され、大学のとある議会の裏庭で飼育された記録が残っています。

ミシガン大もそうでしたが、猛獣をマスコットに選んだ宿命なのか、大きく成長したクマ達は近隣の動物園に引き取られ、試合の日に、マスコット不在にするわけにもいかないため、1950年代半ばから、着ぐるみのマスコットが活躍し始めます。
1967年には、これにジョセフィンの着ぐるみが加わり、現在ではジョージーという短縮した名前で親しまれています。

また、マスコットのロゴも時代とともに変わります。
UCLAのロゴというと、が有名ですが、現在のマスコットのロゴはです。
ちょうど、ノースカロライナ大の   と   のような関係です。

1930年代のミッキーマウスの横顔ようなクマから、1970年代の笑っているクマへと変わり、1996年に現在のデザインになりました。
          

カラーリング 
 ロゴやグッズなどでもよく知られている通り、UCLAのチームカラーはブルーとゴールド(イエロー)ですが、このカラーリングは州の特性に基づいて選ばれました。
ブルーは海に、ゴールド(イエロー)はカリフォルニア州のニックネームが「ゴールデンステイト」であることに由来し、州花 カロフォルニア・ハナビシソウに覆われた州、美しい夕日に照らされた州を反映しています

また、チーム名の由来で見られた兄弟愛のような点は、カラーリングでも見られます。
UCLA、UC バークレー、UC アーバイン、UC デイビス、UC サンタバーバラなど、一連のカリフォルニア大学では、大学のカラーリングがブルーとゴールドとされています。

これまでにブルーが、パウダーブルーからスカイブルー、ロイヤルブルーに変わることはありましたが、画像のロゴの通り、どのキャンパスでも「ブルーとゴールド」は保持し続けています

シアター
こちらはUCLAのアスレチックチームのみならず、ビジネスや芸術、科学などで活躍した人達をショーケース内に飾っています。
どうやら、アスレチックチームだけでなく、他分野でも築いてきた活躍の軌跡を、このシアターで上映・紹介してくれるようです。

True Blue Fan
アスレチックコーナーへ足を向けると、先ほどのバナーと同じく、100個目の優勝記念を飾っています(画像・左)。ちなみに100回目の優勝を飾ったのは、女子の水球のようです。

また、TIME OUTと書かれた方(画像・右)には、スタジャン、キャップやフラッグなど、UCLAの色々なノベリティグッズが飾られ、True Blue Fanとあります。つまり、本当のファンならこれくらい持っていろ、着用していろ、ということでしょうか・・・。

Time Out Zone
こちらのTime Out Zoneのコーナーは、各競技のこれまでの生い立ちをダイジェストで紹介するほか、選手やチームが掲載された雑誌や新聞など、当時のメディアが飾られています。
写真手前の、190cm以上はあるドリブルをついている選手の人形。
モチーフはだれ?履いているシューズはadidas?。フットボール選手の人形も見えますが、これらの隣に立ってご自由に写真撮影して下さい、とあります。こうした気配りがファンの心をくすぐります。

John・Wooden
お待たせしました。
ミシガン大と同じく、1つのフロアに全ての競技の歴史が飾られていますが、こちらがバスケットボールのコーナーです。

画像中央の下側に写っているのは、ジョン・ウッデン(John・Wooden)監督です。
ウッデン氏は、監督としても選手としても活躍した人物で、選手時代・監督時代(生涯勝率8割:885-203・NCAAで10回の優勝)そして、1人の人としても素晴らしい人物だった(2010年没)、とあります。
選手や監督としての技量・裁量だけでなく、人柄も含めて評価されるのは、いかにもアメリカ的です。

オリンピック出場選手
こちらには、これまで各競技を通して、オリンピックに55名を出場させてきたとあります。
男子バスケットボールに関しては9名、女子チームへはコーチやトレーナーをあわせると5名を輩出してきました。
ただ、パッと見、男子バスケットボール選手の写真はないように思われます。
ちなみに背番号12のジャージが飾られていますが、これは、UCLAのHall of Fameに選ばれている、女子バスケットボールのナタリー・ウィリアムス選手の物です。
出場選手
男子9名
1936年:金メダル
 サム・バルター
 ドン・パイパー
 カール・シャイ
 カール・ノウェルズ
 フランク・ルビン

1948年:金メダル
 ドン・バークスデイル

1964年:金メダル
 ラリー・ブラウン
 ウォルト・ハザード

1996年:金メダル
 レジー・ミラー
女子5名
1976年:銀メダル
 アン・メイヤーズ
 ビリー・ムーア(ヘッドコーチ)
 ゲイル・ウェルドン(トレーナー)

1984年:金メダル
 デニス・カリー

2000年:金メダル
 ナタリー・ウィリアムス

男子バスケットボール
こちらが、バスケットボールコーナーの中でも、男子バスケットボールのセクションです。
画像の通り、ショーケースに記念品やユニフォームが納められています。

今季のロスター
画像中の左側、水色背景のショーケースに、今季のチーム・ロスターが紹介されています。

隣のケースには・・・
上の今季ロスター・ケース右隣のケースの中、左側には歴代の優勝したチームの写真が、そして右側ではルー・アルシンダー選手(現 カリーム・アブドゥル=ジャバー)について展示されています。

ルー・アルシンダー
生きた伝説と評されるルー・アルシンダー(現 カリーム・アヴドゥル=ジャバー)選手らの、当時の活躍を紹介した当時の新聞記事、写真が掲載されています。
さすがNCAAにおいて一時、ダンクを禁止にさせたほどの選手です。その待遇や扱いが、他の選手と一線画している気がします。
アニメータ2枚目の画像は、優勝時にジョン・ウッデン監督と2ショットの写真です。

歴代の優勝チーム
歴代の優勝チームとメンバーです。
1964-1965-1967-1968-1969-1970-1971-1972-1973-1975-1995 と
計11回の優勝経験があります。

記念ボール
こちらのボール2個ですが、向かって左のボールが、1995年優勝チームのメンバーらのサインが入った記念ボールです。

右側のボールは、ゲイル・グッドリッチ選手の#25が永久欠番に選ばれた際の記念ボールです(ちなみにレイカーズ#25も、同選手の永久欠番として認定)。

監督のコーナー
上の画像のショーケースお隣には、コーチの写真・プロフィール11名分が飾られています。
写真左上から右へ向かって・・・

 スティーブ・ラヴィン
 ジム・ハーリック
 ウォルト・ハザード
 ラリー・ファーマー
 ラリー・ブラウン
 ゲイリー・カニングハム
 ジーン・バートン
 ジョン・ウッデン
 ウィルバー・ジョンズ
 キャディ・ワークス
 フレッド・コージンズ

NBA選手
コーチのショーケースのお向かいです。
こちらには、これまでNBAに排出した選手たちを写真と、その下に名前とUCLA在籍年を表記して紹介しています。

NBA選手2
UCLAからも、数多くのNBA選手を世に送り出してきました。その中から、数名ご紹介。

ジェイソン・カポーノ選手
 マイアミ・ヒートでの活躍を評価され、今季はラプターズでプレーしています。ホワイト×ブルー×イエローのさわやかなカラーリングのユニフォーム姿が、とても新鮮です。

バロン・デイビス選手
 ホーネッツ在籍時は、背番号#1をつけていましたが、現チームのウォリアーズでは大学と同じ、#5を使用しています。才能だけでなく、ガードとは思えないくらい、強い当たりにも負けない頑丈さも持った選手です。

レジー・ミラー選手
 NBAでの活躍の割に、ちょっと粗略な扱いです。写真右半分が隠れてしまっています。そして、なぜかペイサーズの写真のみです。

永久欠番
そしてのこのショーケース頭上には、ジャージが何着か飾られています。
いずれも、男子バスケットボールの永久欠番になった選手のジャージです。

Retired Jerseys

 #25 ゲイル・グッドリッチ
 #31 エド・オバノン
 #32 ビル・ウォルトン
 #33 ルー・アルシンダー(カリーム・ジャバー)
 #35 シドニー・ウィックス
 #42 ウォルト・ハザード(コーチとしても在籍)
 #54 マーキス・ジョンソン

ビル・ウォルトン
そして、中でも別格扱いされているのは、この2選手。
ビル・ウォルトン選手と、カリーム・ジャバー選手(下画像)。

Hardwood Classicのジャージや、ブレイザーズの歴代代表選手の Legend として、フィギュアなどのグッズに、必ずと言っていいほど、名前が挙がるビル・ウォルトン氏。77年にブレイザーズ、86年にセルティクスでの優勝経験の保持者でもあり、現レイカーズ所属のルーク・ウォルトン選手の父親でもあります。

カリーム・ジャバー
ジャバー選手は、スカイフック、マジック・ジョンソン選手と一緒にプレーしたこと、通算累計得点1位の記録を今でも保持していることでも有名な歴代レイカーズの選手ですが、1度ミルウォーキー・バックスでドラフト、優勝してから、75-76シーズンにL.A.レイカーズへ招聘された当時は、地元のみなさんは、同選手の帰還に沸いたことと思います。

優勝プラーク
バスケットボールのセクションから少し離れた所には、各種目の優勝プラークが飾られています(上の通り、計100個あることになります)。

プラークのデザイン
数ある優勝プラークの中で、男子バスケットボールの物は計11個あり、木でできた台座に、同じく木製の板をつけ、その上にメタル製のプレートがつけられているのは、共通した造りですが、よく見るとなぜか、

 75年と95年のものは  なのに対し、
 それ以外の年は、   のようなデザインになっています。

<優勝回数:計11回>
1964・1965・1967・1968・1969・1970・1971・1972・1973・1975・1995

コーディネーター
また、選手・監督だけでなく、各アスレチックチームに寄与したコーディネーターも、このように飾られています。

Hall of Famers
こちらは、その年ごとにUCLAのHall of Fameに選ばれた方々のリストです。

選考基準
そして、こちらは上のリストに向かって右側にあります、Hall of Fameへの選考基準や過程が書かれています。
それでは、モーガンセンターの2Fへ上がります。

UCLAのHall Of Fameに選ばれた選手・監督
この賞は1983年に草案され、25名の創立メンバーと共に、毎年1〜10名前後の各種目の選手や監督らを選出・認定してきました。
ここでは、創立メンバー全員と選出の所属、各年のバスケットボール選手・スタッフを表記します(男女の区別はつけていません。また、バスケットボール選手が選出されなかった年は省略しております)。氏名の右側に注釈のない人名はバスケットボール選手を意味し、改宗などで名前が変わった選手につきましては、氏名右側( )内に記載しております。
年号の隣の数字は、種目を問わず、その年に認定された合計人数です。

2F

一見、ホテルのような
階段を登って2Fへ来ると、1Fとは異なり、ちょうどホテルの部屋のように、●号室はバスケットボール、■号室はフットボールといった具合に、各種目ごとで部屋が分かれています。

まるで個室です
こちらがバスケットボールのコーナー・・・というより、個室です。
ご覧の通り、まるでどなたかのオフィスのようです。関係者以外は立ち入り禁止のように感じられます。

歓迎
恐る恐る入室すると、迎えてくれたのは、「UCLA BASKETBALL」と銘が打たれたカウンターと、「もちろん見学して下さい。どうぞ」と笑顔で気さくに挨拶をしてくれるスタッフの方々です。
今更ながら、やはり来訪歓迎のようです。

柱に・・・
入室して驚いたのは、入り口から入って、すぐ右側にあるこの柱。
カリーム・ジャバー選手が、スカイフックを放っている写真がプリントされています。等身大ではないかと思わせるくらい大きいです。

優勝トロフィー?
ジャバー選手がプリントされた柱の左となりには、優勝トロフィー・・・?が飾られています。
5本足りてないのでは?。

壁には・・・
画像右側には、優勝プラークの周りを優勝チームの写真11枚が囲んでいるのが見えます。
また、左側に見える、当時の Sports Illustrated を拡大した写真には、片手を挙げた選手が写っていますが、背番号からするとエド・オバノン選手のようです。

壁には・・・その2
永久欠番になった選手のジャージが飾られています。
また、その下には優勝カップ(?)らしき物が見えていますが、カウンター手前までしか立ち入ることを許可されていないため、残念ならが何なのか確認することができませんでした。

柱に・・・その2
こちらの柱には、ビル・ウlルトン選手の写真がプリントされています。
画像左に開いたトビラが見えますが、トビラの向こうは、この部屋を管理している方の、個人オフィスルームのようです。さすがにズカズカと入っては行けません。

写真とオフィスがズラリ
ビル・ウォルトン選手の柱を背にするとこの通り、個人オフィスルームが続いています。その壁の上には、活躍した選手らの写真が飾られています。

3F

3Fですが・・・
3Fへ上がっても、やはり2Fと同じ造りに同じ風景です。しかも別競技のオフィスのようです。

ここで取材を終了します。

ふたたび1F

再びロゴです
先ほども見たこのロゴマーク。
実は1F〜2Fを行き来するための階段の壁にペイントされています。この階段を使って、1Fへ戻ります。

おわりに
モーガンセンター裏手の出口です。

当サイトでUCLAと聞くと、「UCLA=レジー・ミラー選手」と連想される方も多いのではないかと思います(筆者もそうですが)。そのご期待にお応えできるような内容でないことが、いささか心苦しいのですが、今回の旅行記はこれにて終了です。

アメリカの大学の特徴として、入るのは比較的容易だが卒業するのが難しい、成績が悪いと試合に出られない、ということがありますが、アスレチックチームのみならず、教育の面でも一流大学のUCLA。
全米大学の中で、初めて100個目の優勝を飾る偉業を達成しました。
これからも、記録そして記憶に残る選手を輩出することが期待されます。

<これまでにNBA入りしたUCLA出身選手>

NBAエンサイクロペディア P316 〜 P369 他から引用

おまけ
 LAには、買い付けで何度も足を運んでいたのですが、今回初めてUCLAを訪れることになりました。
筆者は、買い付け出張の際はいつも、雨から頭を守る傘・日除けとして、ジョーダンンブランドのノースカロライナ大学のキャップをかぶっています。しかしながら、買い付け先がNBAチーム都市ならいいのですが、他大学を訪れる場合、このキャップのおかげで、アウェイに乗り込んでいるのを、自らアピールしているのと同じでなので気を遣います。
 そのため、常に車から降りる前にキャップの前後を逆にして、「North Carolina」の文字を後ろに、Jumpmanマークが前に来るようにしていました。

 また、LAは飛行機の便と時差の都合で、非常に時差ボケが生じやすく、何かにつけてボーッとしてしまうこともしばしばです。そして、うかつにもUCLAに入ってからも、キャップを逆にするのを忘れていました。
モーガンセンターに入ると、受付には女性スタッフがいましたが、パンフレットを受け取っている最中に、彼女は作業の手を止め、こちらを見ながら

 「あなた、帽子が後ろ前、逆よ」と言われ、
 「いいんだよこれで」
 「ここ、UCLAなんだけど?」と悪意のない態度で、微笑みながらキャップを指さしされました。
 「え?だから・・・あっ!!」と、しどろもどろに、キャップを逆にかぶり直しました。
 「あはは・・・これが正しいかぶり方さ」
 「そうね。今日試合があるのに、よくここまで無事に来れたわね」

悪気なしに、きついユーモアを言われましたが、思えば駐車場からモーガンセンターまで、ジロジロ見られていた気がします。最初はアジア人が珍しいのかとばかり思っていたのですが、どうやら原因はキャップのようです。
こちらも悪気はなかったので、

 「い、いや違うよ。ジョーダンが好きなだけなんだ」と弁解するも、
 「ええ、よくわかってるわ。ようこそ、UCLAへ」と、少し意地悪く満面の笑みで、あっさり返されてしまいました。
どうやら彼女には全てお見通しのようです。
何を言っても取り繕うことができず、ただ一言「ありがとう」と言い残し、気まずそうに立ち去るしか出来ませんでした。

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